6月27日(水)「生活と自立の時間」焼き板製作②+「保健指導」

                〘焼き板〙の色つけと夏対策の勉強と。

 1年生はそれぞれの基礎学習の時間、2・3年生は今日の「生活と自立の時間」を利用して3週間前に焼きいれ、磨きをした焼き板に、数年来お願いしているトールペイントの先生に来ていただき(講師料は今年も無料。いつもありがとうございます)、色つけをした。

模様は各人の自由で好きなアイドルの名前や気に入った絵を入れたり。乾いたら紐を通す穴をドリルで開けて完成。あとは飾るだけ。当分の間は自立支援室前の廊下に展示の予定。

で、生徒の感想 「絵の具を塗っているところが面白かった」 「楽しかった」などなど。

             

                〘焼き板〙に色つけです。思った通りにできるかな??

                           

                  みんなの力作『完成』しました!

この企画は1時間ものなので、残りの1時間は 「保健指導」。今日は 「熱中症予防」 について。難しい内容もあったけど、養護教諭の巧みな誘導質問で理解を深めていく。

またもや生徒の感想 「いい勉強になった」 「ならんように気をつける」。

              

              皆さんも水分をこまめにとったりなどで熱中症対策をしましょうね。

そうそう 「カナヘビのふ化プロジェクト」 反対派の 「念」 もあってか先行き暗し。カビが生えたり壊れたりーーー。残りの卵に期待するのみ。

                            

                         どうかふ化してくれますように・・・(>人<)

6月20日(水)校外実習「シャープ特選工業」見学

      ⇓今回はここお邪魔させていただきました⇓

                         

台風4号上陸の影響で実施が危ぶまれる中、キャンセルは当日朝でもOKというシャープ特選工業さんの温かい配慮をいただき、4号が猛スピードで駆け抜けたこともあって実施することができた。
(ただ、他の地域では大きな影響があったのは残念で被害を受けた方々に心からお見舞い申し上げます)

シャープ特選工業さんは、国の障害者雇用政策が積極的に進められるはるか前(1950年設立、前身はさらに遡り1944年設立の早川分工場)にシャープ株式会社創業者の早川徳次氏によって設立され、
「(障がいを持つ人の)自助自立を目標に自分で考え動くことを実行する」をモットーに運営されている。

お話を伺い、社内を見学し、資料を読ませていただく中で、60年間にわたる実践によって蓄積された(雇用する側・働く側の両方の視点を踏まえた)様々な知恵が会社運営に生かされていることを感じ大層感銘を受けた。

お話は生徒たちには少し難しかったかもしれないが、働くことの意味や大変さや楽しさについてそれぞれ何か感じ取ってくれたのではないかと思う。

お忙しい中、お仕事中にもかかわらず説明や見学で私たちのために時間をとっていただきありがとうございました。今後もご無理をお願いすることがあるかと思いますが、その時もまたよろしくお願いします。

                
           ⇑ 路線図確認中です。    ⇑ 会社の歴史を勉強中・・・   ⇑ 社会に出るって大変だ。

                             

             \シャープ特選工業の皆さまありがとうございました!/

平成24年 夏期 学校説明会・見学会のお知らせ

以下の2日間を予定しています。
参加希望の保護者・中学生の方は、「中学生のみなさんへ
のリンクからたどってください。
※どちらの行事にも、校内用の上履き・スリッパを必ずご持参ください。
7月7日(土) 午前10時~  保護者・中学生対象説明会(クラブ体験はありません。)
8月25日(土)午前10時~ 保護者対象説明会(保護者が対象です。)

6月13日(水)「生活と自立の時間」 ジャガイモ収穫とサツマイモ植え付け

 今日は2・3年生全員で1年生が収穫した残りのジャガイモを収穫。今後のプログラムの関係で急いで開墾し直し、次はサツマイモの植え付け。

 その後、職員と代表生徒がジャガイモを茹でている間に、他の生徒は来週の校外実習の行き方調べ(自宅から集合解散場所までのルートと運賃の下調べ)で2時間たっぷりの企画。

 ホクホクのジャガイモはやはり絶品でバター・マヨネーズ、あっさり派は塩、極限のあっさり派は何もつけなくてもグー、とのことでした。

本校支援室では「食べて楽しめる作物」の限定栽培が伝統です。

             

         \\ジャガイモいっぱい獲ったど~~!!!//

             
    
    今年は豪勢に金納(蜜)イモの苗植えたでぇ~(^^)/ きっと美味しいゾ

                 

         とれたてとってもくりぃみぃ♪

6月12日(火)ジャガイモ収穫+カナヘビの卵保護?

 1年生は基礎学習の時間にジャガイモを収穫。これは昨年度末に今の2.3年生が植えたもの。残念ながら収穫量はわずかだったが、珍しい(私は生れて初めて見た)ものがジャガイモの下から見つかった。

 というよりジャガイモをほっていたらカナヘビが1匹あわてて逃げだした。びっくりしていると逃げ出した穴から大豆のような物体を数個発見。はぐくみサポーターが興味を持って回収。ふ化させることを決意。

 ネットで情報を検索すると、なんとカナヘビの子供は生まれたあと親と一緒に生活するとのこと。卵を守っていたのだとすると、穴に戻っているかもしれないと再び見に行ってみると親はいなくて、さらにもう数個卵を発見。これで合計10個保護?

 穴に帰しても次の開墾のために潰してしまうので、やはりここは保護・人工ふ化がいいのではと支援室職員の賛否両論の中で決断。

 さて結果はどうなるのか。親の気持ちを考えると感謝されるのか、それとも恨まれるのか。ふ化するのが楽しみなような何だか怖いようなーーーー。

  そうそう収穫したジャガイモは1年生は来週に茹でて食べる予定だったが、全部茹でてしまったので今日の放課後帰り間際に食べてしまったのでした。

       
↑ 右上がカナヘビの卵  ↑ ビンに移しています     ↑ ふ化を待つばかり
  一つ一つは1cmほど   細心の注意を払いました    無事に生まれるかなぁ

この1冊:第7回 山田詠美『晩年の子供』(講談社文庫)

これは作者の短編集です。主人公は小学校4年生をはじめとする十代の少女たちです。少し前までは、子どもにとって「夏休み」というのは毎年訪れてくる人生の通過儀礼でした。学校がある日常生活とはちがう非日常性を生きるのが夏休みだったのです。「死」というものとの直面、恋に結晶する前の出会いや別れなど、少女たちはそこで大人に言ってもなかなか理解してもらえないような内面の経験をしてゆくのです。作者の山田詠美はみごとにそれらの少女たちの世界を描いています。それは彼女自身が柔らかな感性でその世界をもう一度生きているからでしょう。「心を痛めることも、喜びをわかち合うことも、予期しないときに体験してしまうのを、私は、その頃知った。…希望、絶望、後悔などの記憶。そこには、季節ごとの空気が匂い立ち、私の心をやるせなくさせる。」と後書きでも述べられています。

小説は書き出しの部分が大切です。特に短編では、それでその作品の雰囲気が決まってしまうのです。収録されているものからいくつか引いてみましょう。

「私は、かつて晩年を迎えたことがある。…あの時、私は十歳だった。そして、残された日々をどうしたら良いのか途方に暮れていた。」(「晩年の子供」)

「私は、自力で何かをするという才能に恵まれていない。それが私の劣等感を形作っている。…私は、いつも、すべてを諦める。私には、能力以上に発揮出来ることが、何ひとつとしてないのである。」(「堤防」)

「男と女の世界は、どうやら、おとぎ話のように簡単には行かないものらしいと私が悟ったのは、小学四年生の頃でした。」(「迷子」)

「?のおなかの中に何が入っているか知っていますか?実は何も入っていないのです。本当です。だって、私は、?のおなかをちぎってみたことがあるのです。」(?」)

どうでしょう。それぞれの語り手が十代の頃の自分を回想してゆくのですが、大人になっても自分の存在の核はあの夏の経験によって形作られている、という思いがこれらの作品の叙情性を生み出しているように感じます。

この中の「海の方の子」「ひよこの眼」という作品は教科書にも収録され、前任校の現代文の授業で扱ったことがあります。その時は生徒たちの共感を非常に呼び、特に女子からの反響は大きかったと思います。文庫を買って全編を読んだ生徒も少なからずいたようでした。作者には『ぼくは勉強ができない』『放課後の音符』『風葬の教室』などの学校ものの中編もあるのですが、ある男子生徒はそれらを読んですっかり詠美ファンになっていました。

本校図書館には単行本と文庫の両方があります。

夏期 中学生図書館見学会と保護者学校説明会について

中学生図書館見学会 2012年7月25日26日? ← クリックでポスターが表示されます

☆ 大阪府立八尾翠翔高等学校 図書館見学会2012 ?

         ~図書館から八尾翠翔を見てみよう!~
※恒例のイベントです。今年で3年目になります。

・? 日   時  7月25日(水)26日(木)?????? 10:00~15:00の間、随時
ただし、校内の見学案内を希望される場合は、両日10:30もしく14:00に図書館に集合してください。案内させていただきます。

・ 対  象  中学生とその保護者、中学校教員の方
(中学生のみなさんはこちらに参加してください。)

・ 内  容
(1) 図書館を見学して、学校の雰囲気を知ってもらう。(晴れていれば図書館の窓からは運           動場で練習しているクラブの様子が一望できます。)
(2) 学校についての資料を配付する。

・ お申し込み
不要です。当日、玄関で上履きに履き替えて、中学校名と氏名を記帳していただいた後、直接に図書館まで来てください。

 

? 平成24年度八尾翠翔高等学校保護者対象夏期学校説明会

・? 日   時  8月25日(土)
         受 付   9:30~
         開 始  10:00
         終 了?  11:30 (予定)

・ 対  象 中学生の保護者で、本校に興味をお持ちの方 中学校教員の方

・ 内  容
(1) 全体説明(本校会議室もしくは視聴覚教室にて)
進学実績・部活動・行事・学校生活・進路指導について
(2) 校内見学(図書館、体育館、進路閲覧室など)

・ お申し込み方法
820日(月)までに下記①~④の内容を明記の上、メールまたはFAXにて行ってください。会場設定、資料の用意等の都合がございますので、よろしくお願いします。

① 8月25日参加
② 氏名および保護者か教員かの別を記入
③ お子様の所属中学校名(教員の方の場合は中学校名)
④ 連絡先(電話番号など)

メールで申し込み    お問い合わせフォームよりお願いします。
申し込みFAX番号    072-943-6751

※上履きをご用意ください。また、自動車での来校はご遠慮ください。
※台風等のためにやむをえず、中止になることがあります。ご了承願います。
※中学生対象体験授業学校説明会 10月20日(土)・・・体験授業とクラブ見学会があります。例年、申し込み制です。詳細は別途案内させていただきます。
※知的障がい生徒自立支援コースについては別日程で詳しい説明会を予定しております。

この1冊:第6回 『ちくま日本文学全集 宮本常一』(文庫サイズ) 

今回は民俗学者の宮本常一(みやもとつねいち)を紹介します。民俗学とは、人々の生活の中に伝えられてきた現象をとりあげて、日本文化の本質を明らかにしようとする学問です。それは形ある物とはかぎらず、語り言葉や風習を通じて伝承されてきたものを含みます。民俗学は端的に「生活の古典」とも呼ばれます。代表的な民俗学者に、柳田國男、折口信夫、南方熊楠などがいますが、宮本常一も独特の民俗学を築きあげた人として有名です。

宮本常一は瀬戸内海にある山口県周防大島の貧しい農家に生まれました。生家の暮らしは大変慎ましいものでしたが、聡明で感受性の鋭い常一少年は島の暮らしのなかで自然、伝承文化、生活の豊かな経験を積み、それは後の宮本民俗学の礎になりました。常一少年は15歳の時に大阪に出て、郵便の勉強をはじめます。17歳のときには、郵便局員として働きはじめ、同時に天王寺師範学校の二部に入学して教師になる勉強もします。宮本は苦学して、自分の人生を切り開いてゆきました。のちに、まず泉南郡の小学校教師になるのですが、子どもたちをつれて、地域の民俗遺産をたくさん見て歩いたそうです。それ以降、宮本は柳田國男や渋沢敬三といった人たちと出会うことで、民俗学の世界に深入りしてゆきます。以後、宮本はその情熱を日本民俗学のために注ぎ込んだのでした(記録によると、本校近くの中河内地域にも調査に来ていたようです)。

宮本民俗学の真骨頂は現地調査であり、自分の足でその地に入り、自分の目で実物を見、自分の人間性をもって土地の人々の人間性にふれるというものです。彼が歩いたところを日本地図で赤色に塗りつぶすと、人が住んでいるところはほとんど真っ赤になると言われています。富山の薬売りと間違われるような格好で、現地調査に入るのですが(フィールドワークといいます)、宮本は人なつっこい人柄、愛敬のある笑顔、温かい話術で土地の古老たちなどの心を開き、すばらしい様々な伝承を記録することに成功したのでした。その成果は名著『忘れられた日本人』をはじめとする、この本にも抄録されている多くの書物に結晶しています。

宮本の文章には難しい言葉がほとんど出てきません。とても平明でわかりやすい日本語で書かれています。しかし、その内容は民俗を生きる人々の生活の息吹を伝える独特のうねりを持っています。語った人のその語りの調子を見事に生かしきった『忘れられた日本人』の文体など、とても魅力的です。「梶田富五郎翁」から一節を引いてみましょう。

「爺さんは山口県の久賀の生まれじゃそうなが、わしも久賀の東の西方のものでのう、なつかしうてたずねて来たんじゃが…」と話しかけると、

「へえ、西方かいのう、へえ、ようここまで来んさったのう…、はァ、わしも久しう久賀へもいんでみんが、久賀もずいぶん変んさっつろのう」 郷里の言葉をまる出しで話し出した翁には、始めから他人行儀はなかった。私が、

「昔のことをきかしてもらおうと思うて…」と一言いうと、

「はァ、わしがここに来たのも古いことじゃ…」と話し出した。

どうですか、二人のやりとりがありありと目に浮かぶようですね。宮本常一の本を読んでいると、本当に日本が懐かしくなります。グローバル化も必要かもしれませんが、自国の民俗の良さというものを大切にしてこそなのではないか、ということを改めて痛感します。高校生をはじめとする若い人たちにもぜひ読んでほしいと思います。本校の図書館には宮本常一関係の本が、写真版(宮本自身が撮りつづけた日本の人と風景です)も含めて、たくさんあります。

*『忘れられた日本人』は岩波文庫版もありますが、上記に収録されているもののほうが、活字も大きく、振り仮名もていねいにつけられています。

この1冊:第5回 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋社)

最新作の長編『1Q84』が文庫化されて、またまた大ヒットを飛ばしている村上春樹ですが(本屋さんは本気で村上春樹の新作を待ち望んでいるらしい)、彼がすぐれたエッセイの書き手でもあることを知っている人は少ないかもしれません。村上春樹のエッセイがすぐれているのは、平易な言葉で頭や心に浮かぶことを淡々と書きつけてゆくのですが、そこに独特の風合いが漂っているところです。知識のひけらかしもないし、とってつけたようなポーズはないのだけれど、特有の温かみをおびた感性がにじみ出ています。その感性は孤独であったり、ささやかな喜びであったり、ユーモアであったりとさまざまな形をとるのです。読み手である我々はスッとその世界に入ってゆけます。それでいて、味わいがあるのです。

今回とりあげた『走ることについて語るときに僕の語ること』(題名が長いので、以下は『走ること』と略記します)は村上春樹のエッセイの中でも出色のできばえのものだと私は思います。村上春樹はマラソンを趣味としています。しかも、かなり本格的なランナーです。たとえば、2005年11月に開催されたニューヨーク・シティ・マラソンに参加するために、5ヶ月前から計画的な練習を開始し、6月に260キロ、7月に310キロ、8月に350キロ(週に70キロ平均)の走り込みをするといった具合です。このとき、彼は56歳でした(フルマラソンをだいたい3時間半平均で走るそうです)。マラソンの他にもトライアスロン大会に参加したり、サロマ湖100キロウルトラマラソンに参加したり(ちゃんと走りきっています)、また真夏のアテネでマラトンまでの42キロを走ったりしています。

私自身は走ることを趣味としませんし、文中で述べられている学校教育についてのコメントも一面的すぎると思います。しかし、それにもかかわらず読むたびにこの本は静かな、生きる勇気を与えてくれます。記述の中心は「走ること」をめぐっての出来事や感想になるのですが、その合間に述べられる経験則がとても説得力を持っています。たとえば、

「人は誰であれ、永遠に勝ち続けるわけにはいかない。人生というハイウェイでは、追い越し車線だけをひたすら走り続けることはできない。しかしそれとは別に、同じ失敗を何度も繰り返すことはしたくない。ひとつの…」

といった調子です。実は村上春樹の執筆活動の核心は深いところでマラソンと結びついていると思われます。彼自身、「僕は小説を書くことについての多くを、道路を毎朝走ることから学んできた。自然に、フィジカルに、そして実務的に。どの程度、どこまで自分を厳しく追い込んでいけばいいのか?…」と『走ること』のなかでで述べています。小説執筆とマラソンにかぎらず、ここで述べられていることは、コツコツとした努力の積み重ねの大切さ、それこそ日々の充実や大きな達成感を生むのだという生き方の「コツ」のようなものです。それが地道な努力の積み重ねの日々を慈しむようなしみじみとした文体で書かれているところに大きな魅力があります。その点で、『走ること』はさりげない叡智の書と言ってもよいでしょう。

走るのを趣味としている人がこの本を読んで、村上春樹に共感し、それから彼の小説を読みはじめたということも多々あるようです。現在は文春文庫にもなっていますが、本校の図書館には単行本で入っています。

6月6日(水)「生活と自立の時間」焼き板製作①(板の切断と焼き入れ)

 かまどで火を焚くのには暑すぎるほど気温が上がったこの日、一年生もそれぞれの原学級授業を振り替えて2,3年生と一緒に作業をしました。午前中に1年生の基礎学習の時間を利用して職員と一緒にブロックとレンガでカマドを組みました。

 

 杉の板の表面を焼くと、節(年輪)の硬い部分と他の柔らかい部分との焼け方の差で模様が浮かびます。ただし焼き加減に注意して焼かないと中心部まで焼けてしまってすごく小さくなってしまったり、いくつかの破片に分解してしまうことになってしまいます。

 けれども、足りなくてもあまり模様が出ないし形も切ったままになるので面白さに欠けてしまうのでこの焼き加減が良い作品になるかどうかの一つの大きなポイントです。

 今日の作業は、焼いた後タワシでこすって焼け焦げの部分を取り除いた状態にまでいきました。日陰で1週間乾かして、今日考えた下絵をもとに来週には彩色して完成です。

 

 また、カマドを使うときには火がもったいないのでいつも調理もします。今日はジャガイモをホイルで巻いてカマドに入れるだけという簡単なものです。簡単でもバターやマヨネーズ、塩などを付けて食べたらほっこりしてとても美味しいです。

 昔からの伝統はやはり正しいのでしょう。柔らかくほっこりした焼き芋は、遠赤外線効果のある落ち葉燃料に限りますね。ちなみに燃料はすべて本校の枯れ枝や枯葉を集めたものなので経済的にも環境的にもgoodです。

      

      

      

  

6月5日(火)体育祭

 今日は朝から一日原学級の一員として赤・青・黄の3団に分かれて体育祭に参加しました。曇りがちで雨の心配もしましたが、最後まで崩れることなくかえって涼しくて楽しく一日を過ごすことができました。

 出場種目は皆それぞれで、100m、障害物競走、棒引き、綱引き、玉入れ、大縄跳び等々です。3年生の一人は昨年度に引き続き応援団に入り、応援合戦でダンスを踊りました。

    

5月30日(水)2.3年「生活と自立の時間」

 花時計のマリーゴールドの種植えを1時間、保健指導を1時間しました。マリーゴールドは苗が大きくなったら植え付けをします。何色かあるので咲くのが楽しみです。保健指導は「傷の手当て方法」です。鼻血の止め方や切り傷の手当て法を学びました。使うことがないほうがいいですけれどーーー

    

  

5月16日(水)2,3年の「生活と自立の時間」

 昨年度の末に植えたエンドウ豆を収穫し、調理しました。さやを開けるときれいな緑の丸い豆がいくつも詰まっていました。料理はエンドウ豆の卵とじです。醤油だしが豆と卵にばっちり合っておいしかったです。

    

    

5月9日(水)校外実習に行きました

 天王寺動植物園に行きました。コアラはブラッシングの最中でした。蝙蝠は赤ちゃんをくわえてぶら下がっていましたが、ずっとこうしているのかどうか疑問がわきました。1年生と2・3年生の正式な顔合わせがまだだったので少し遅くなりましたが、昼食後自己紹介形式で行いました。

    

 

 

 

 

 

5月2日(水)2.3年の「生活と自立の時間」

 昨年度の末に植えたスナップエンドウを収穫し、さっと茹でて好みによって塩かマヨネーズで食べました。ちょうど食べ時のときに当たったようですごく軟らかく甘みがありました。来年も植えようと思います。
 1年生はそれぞれ基礎学習の時間を利用して同じように収穫して食べました。

  

読書マラソンに参加しよう!

図書館では現在、読書マラソンを実施しています。これをきっかけにたくさんの本を読んでみましょう。5冊で読書マラソンは完走になります。まずは5冊目標にがんばりましょう。

1 期間 6月29日(金)まで

2 参加方法 本の貸し出し手続きのときに、カウンターでポイントカードを発行します。一冊に                                    つき、1ポイントが加算されます。

3 5ポイントで楽しい記念品がもらえます。詳しい内容は直接に図書館に訊きに来てください。

この1冊:第4回 国分康孝『自己発見の心理学』(講談社現代新書)

今回は本校図書館にある講談社現代新書から心理学の本を1冊紹介したいと思います。周りを見回しても、一切の悩みを持たないという人はまずいません。「悩み」とは自分の思い通りにものごとが進まないということです。世の中が自分のためだけに作られたものでない以上、ものごとが自分だけの思ったようにならないのは当たり前です。だとすれば、問題はその悩みに対する態勢をしっかりととれるかどうかということになるでしょう。悩みを抱えたときに、対処の仕方が悪いと、必要以上に落ち込んだりしてしまうのです。

筆者の国分康孝氏はカウンセリング心理学の権威です。筆者によると、悩みが深くなるのは、その悩みに対して正しく考えていないからだということになります。つまり、頭の使い方の上手下手がそのまま幸福なるか、落ち込むかの違いとして反映するということです。人生についての正しい考えを筆者は「哲学」と呼んでいます。本当の知識とは、目の前にある問題を解くのに役立つ知識である。すぐれた哲学は直面する課題や苦悩を解決する力を持っている(ただし、これはあくまでも筆者独自の「哲学」観です)。つまり、人生哲学を正しいものにすることが幸福な人生を送るために必要だということです。

カウンセリング心理学による「論理療法」では、そういう人生哲学の核心をなすのは「ビリーフ」だと考えます。ある「出来事」Aそのものが「悩み」Cを生むわけではなく、その出来事を解釈する「ビリーフ」Bが苦悩の源になるのです。簡単な例で考えてみましょう。

①A「自分にはあまりお金がない」→C「自分は不幸である」

②A「自分にはあまりお金がない」→B「お金がない人間は不幸である」

→C「自分は不幸である」

我々はふだん①のようなプロセスで判断して生きているように思いこんでいます。②のBのようなビリーフは無意識に近い状態の文章記述として心の中に潜んでいるので、なかなか意識されません。そこで、それをあえて意識化して、たとえば②のBを「お金があるにこしたことはないが、人生の幸不幸を決めるのはお金だけではない。」という、より現実的なビリーフに修正したらどうでしょう。その人はあまりお金がないということだけで、短絡的に自分は不幸だと思いこむことはなくなるはずです。

この本は「社会生活」「学習生活」「職業生活」「家庭生活」のそれぞれにおける「ビリーフ」のあり方を具体的に検討しています。自分の心の中にある歪んだビリーフを見いだし、それをより現実にそったかたちに修正することで、必要以上に悩み苦しむことがないようにするのが論理療法の目的です。たとえば「学習生活」での歪んだビリーフとして「頭のわるい人間は人生で高望みすべきではない」がとりあげられています。こういう考え方をしているために萎縮した生き方をしている人は少なくないはずだ、と筆者は言います。第一、アカデミックな知能や学力だけが頭のよいわるいの基準になるわけではありません。ソーシャルな知能も基準になるはずです。学歴も高く、学生時代の成績も良いのに、社会性や人間関係能力が低い例は山ほどあります。自分は頭がいいのだと誤解して、他人に迷惑をかける。そういう人はあまり頭がいいとは評価されないでしょう。自分の人間関係が豊かであれば、それも頭のよさの証になるはずです。それに、何をもって高望みとするかということもあいまいです。また、現在の自分のあり方をもって、今後の人生のすべてを色づけてしまうのも、一般化のしすぎでしょう。

《考えの足りない人間は自分を不幸にしてしまう。みんな、一度は「ビリーフ」に光をあてて、自分の生き方を点検してみる必要があります。そうすることで、充実した人生を送ろうではありませんか。》という筆者の呼びかけにあふれている本です。