この1冊: 第9回竹田青嗣『中学生からの哲学「超」入門』(ちくまプリマー新書)

人間にとって、自分を含めた人間存在ほど謎に満ちたものはありません。古来、東西の思想家たちが人間について様々な考えを述べてきました。思春期から青年期にかけては自意識も強くなり、内面に苦悩を抱え込みやすくなります。そういう時、原理的にしっかりとものごとの本質を考えることで、ものの見方が的確になり、自分についての思索も深まるはずです。ですから、高校生であってもできれば哲学書に親しんでおくのがよいと思います(それに、大学入試の評論問題では、思想哲学関係のものが頻出しますしね)。

しかし、いざ、勧めようとすると、彼ら彼女らが自分で完読するのに、適当な内容と文章レベルを持ったものがなかなか見あたりません。それでも、何冊か良いと思うものがあります。今回はその中から一冊を紹介します。

著者の竹田青嗣さんは大阪府出身です。現代思想をわかりやすく解説する方として有名です。彼は自分が在日韓国人であることをめぐって、思春期頃から大きなアイデンティティの危機を経験しました。(本名、日本名、通称、ペンネームというふうに、多いときには四つの名前を持つこともあったようです。)内面の危機を克服するために、彼は哲学書を読んでみるのですが、難しくてわからないために、哲学を嫌うようになってしまいます。大学を卒業してからも、定職に就かず、井上陽水の歌を心のささえにして、ボイラーマンのアルバイトを数年間つづけました。20代の半ばには悪夢や金縛りにひどく悩むようになりました。いわゆる不安神経症です。

 そういう竹田さんでしたが、精神分析学と現象学に出会って、劇的に「思想」に目覚めるのです。社会の抑圧的な権力と結びついた「専門的な知」を乗り越えるのが、現実の生活場面から立ち上がった「思想」である。以後、柔軟な思考を特徴とする竹田哲学の書物がたくさん書かれてゆきます。(いわゆる「在日問題」のなかに、「日本の文学や思想が抱えているすべての問題がやはりそのまま含まれている」という認識にも達します。哲学的思考は個別の問題のなかにも普遍的な問題性を見いだす好例です。)

 この本は竹田さんが若い読者のために自分の考えをわかりやすく綴った新書です。岩波ジュニア新書にも『哲学ってなんだ』という高校生向けのものがありますが、それよりももう一段かみくだいた内容になっています。全体は四つの部分に分かれています。少しずつポイントを紹介しましょう。

Ⅰ 自分とは何者か…ここでは竹田さんが自身の若い頃を振り返って、神経症克服の経緯や若者が抱える心の問題を分析しています。高校生にとても参考になる部分です。
Ⅱ 世界はどうなっているか…主に宗教とのちがいに焦点を当てて、哲学の特質を解説しています。基本的に「物語」のかたちをとる「宗教」に対して、哲学は「概念」と「原理」を使うのです。入試の現代文評論読解のための、とてもわかりやすい入門案内にもなっていると思います(まず哲学や思想の基本的な枠組みを知ることが大切なのです)。
Ⅲ なぜルールがあるのか…ここは竹田哲学の真骨頂にあたります。社会とは様々なルールの束によって形成されたものである。人生とは欲望欲求をめぐって自分と他人の間で行われる「ゲーム」のようなものだ。社会のルールを知らなかったり、守れなかったりする者はその人生というゲームに参加できないのです。これだけで、社会の仕組みがすべて理解できるわけではありませんが、その基本的なところをうまく説明しています。
Ⅳ 幸福とは何か…この本の副題にもなっている「自分の意志を持つこと」がとりあげられます。多くの人が抱く社会的な欲望を「一般欲望(たとえば、高い地位について、高級な住宅に住みたいなど)」と言います。それをしっかりと吟味して振り回されないようにし、自分固有の目標を見いだし、それに向かうこと。他人の欲望になびかずに自分の意志で人生を歩むことが幸福の条件だということです。

 高校生が自分のものの見方について考え、作りあげるための哲学入門書として推薦します。

コメントは受け付けていません。