この1冊:第12回 梅原猛『隠された十字架』(新潮文庫)

高校生でも一度は奈良斑鳩の法隆寺には行ったことがあると思います。たいていは小学校の遠足ではじめて行ったという人が多いのではないでしょうか。最古の木造建築があり、たくさんの国宝がある寺ということで、行くわけです。印象はどうだったでしょうか。自分の経験を振り返ってみても、小学生のときには「ふーん、これが法隆寺か。なんや古びた建物ばっかりやなあ。」というくらいの感想の人がほとんどではないかと思います。

 いろいろな文化財と言われるものや、美術品を見慣れ、日本の歴史をよりくわしく学んだうえで、もう一度、いや何回か法隆寺を見直してみて下さい。最近は国宝を収蔵した新しい建物もできたりして、昔のあの懐かしい雰囲気の一部がモダンになったりしていますが、それでも五重塔にしろ金堂にしろ、あるいは仏像たちにしろ、そのすばらしさをしみじみと味わわせてくれます。はるかな歴史の美しさが「かたち」となって我々の目の前に存在している、あるいは古(いにしえ)の飛鳥びとのたましいが我々現代人のこころになにごとかを語りかけてくれる。我々も意識してそういうひとときを持って、美と歴史に関する自分の感性を磨きたいものです。

 さて、梅原猛の『隠された十字架』はその法隆寺建立のいきさつを追究した本です。十字架とあるので、出版当時高校生だった私はキリスト教関係の本かと思っていたのですが、そうではありませんでした。これは聖徳太子およびその一族と法隆寺の関係について書かれた本だったのです。

法隆寺は聖徳太子の怨霊を封じ込めるために建てられた寺である、というのが著者の考えです。著者はそのことを証明するために綿密な実証を積み重ねてゆくのですが、それがとてもスリリングでおもしろい。背後に浮かびあがってくるのは、当時の藤原氏を中心とした権力闘争が生み出す聖徳太子一族の悲劇です。また、たとえば著者の哲学的直観は聖徳太子等身像といわれる救世観音こそが太子の魂を呪縛するためのものであった、それゆえにこれは近代に至るまで秘仏だったのだ、と告げたりするのです。

  梅原猛氏の歴史についての考え方は「怨霊史観」と呼ばれるもので、為政の勝者が敗者を祀るのがわが国の歴史の原動力である、というものです。「まつりごと」でまつられるのは、敗れ去り、滅ぼされた者たちである。これはたいそうおもしろい見方であり、現在ではこの考え方に影響を受けたたくさんの歴史についての本が書かれています。その後にいろいろと研究が進み、ここで法隆寺や聖徳太子について書かれた内容のなかには実証面でも否定されている部分があります。それに現在では歴史的には聖徳太子というよりも厩戸皇子(うまやとのみこ)という呼び名のほうが一般的なようです。しかし、この本が読み手をぐいぐいと引っぱってゆくデモーニッシュな魅力を持っているのは確かですし、血が流れるような歴史の脈動を感じさせるのは今でも変わりません。この著者の本は真実への強い希求を表現する情熱的なうねりを持った独特の文体で書かれています。

日本の歴史に興味がある人に推薦します。この本を読んでから法隆寺に行ってみてください。目から鱗が落ちたように、とてもワクワクするにちがいありませんから。

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