この1冊:第14回 中村健之助『ドストエフスキーのおもしろさ』(岩波ジュニア新書)

現代の日本では文学自体が低調なので、「文豪」という言葉もあまり聞かなくなりました。たとえばわが国では夏目漱石や森鴎外などが文豪と呼ばれます。ロシアの文豪といえば、やはりトルストイとドストエフスキーでしょう。今回はドストエフスキーについて書かれた本をとりあげます。本当は小説を読んでほしいのですが、この作家のおもしろい作品は非常に長いのです。それに、同じ登場人物なのに複数の呼称が使われるので、読み慣れないとなかなかおもしろさがわかるところまでいきません。(私も最初は戸惑いましたが、再読したときには完全に作中世界に引き込まれて、その魅力にとりつかれました。)

 そこでコンパクトに興味深くその文学的特徴をまとめた新書をとりあげるわけですが、若いうちに機会を見つけて一度はいまだに世界文学の最高峰と言われるドストエフスキーの大作を読んでほしいと思います。ちなみに個人的に好きな順番をつけるとすれば、1位『白痴』2位『罪と罰』3位は迷いますが『悪霊』で4位が『カラマーゾフの兄弟』といったところでしょうか。

 文学は基本的に人間の真実の姿を描くものです。人間生活には明るい面もありますが、暗い面もあります。心身における汚さ醜さ、性格のずるさ悪さ、環境や自分自身から発生する苦しみ、異常なものごとに遭遇した恐怖など、日常生活で我々はなるべくならそういうものには触れたくないと思っています。ところがドストエフスキーの文学はそういう人間の暗い真実を描くことを本質としているのです。ですから、この作家の作品を読んで心が晴れ晴れとすることはまずありません。そのかわりに、まさしく人間の多様な真実に目を開かれる思いがします。ごく普通の生活を送っている人間の内面にどれだけの心の闇が、精神の深淵が広がっていることか。

しかし、目をそらしたいと思うような人間の弱さや醜さをドストエフスキーの作品で読んだときに、不思議にも我々のうちに目覚めてくるのは弱さを持つ人間という存在への寛容な気持ちです。それは、作中で愚かな言動をしている人々は自分の拡大された似姿ではないか、ということに気づくからに他なりません。まとめて言えば、一人ひとりの人間には醜くて弱いところがある、でも、それをお互いにわかったうえで共に生きてゆくのが人生なのだ、ということになるでしょうか。高みに立ったモラルの提唱も必要かもしれませんが、いったんはフィクションを通して人間存在の底辺に触れておくことも大切です。そこから立ち上げられる共感共生の思いだからこそ、しなやかで強靱な真の人間同士のつながりを生むのではないかと思います。本当の文学は不思議なことに連帯を生むのです。孤独な読書の楽しみが、人間の輪を形成してゆくのです。

 この本の筆者はドストエフスキーの短い「言葉」を作品などから選んで、それに関連した作家自身や作品中のエピソードを紹介した文章をつけています。

 「わたしは、人間のいびつな、悲劇的な面をはじめて明らかにしたということに、誇りを感じている。」(『ノート』より)

 これが一番最初にとりあげられている言葉です。どちらかといえば、集団になじめない、しかも他人の評判を気にする過敏な自意識を持った人間が、心密かに自分がヒーローになるというとんでもない空想を抱いたりする。そういう、いびつで悲劇的な性格の「あこがれ」人間がドストエフスキーの作品には出てくるというのです。しかし、多かれ少なかれ、我々にもそういう面はあるのではないでしょうか。

 社会の片隅に暮らす人間、普通の社会生活を送る人間の内面に潜む大きなドラマを描いたところに、ドストエフスキーの偉大さがあるのです。

 この本の巻末にはドストエフスキーの主要な作品のあらすじ解説がついています。おもしろそうだと思った作品にチャレンジするには大変便利です。

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