この1冊:第19回 『世界名言集』(岩波書店)

「ただ、返すがへす、初心を忘るべからず」(世阿弥『風姿花伝』)

ものごとを習得していくうえでの心の持ちようとしては最高のアドバイスのひとつです。「ただ、返すがへす(とにかく、くれぐれも)」というところに、後につづく者に強い警鐘を鳴らす気持ちが響いています。それだけ、この大切なことがおろそかにされやすいということなのかもしれません。経験を積み、技を極めた人による肺腑の言といえるでしょう。短くて、しかも的確に、ビシッと修業における大切な本質を射貫いています。

いくつかの詩や文章を何らかの意図によって編集したものを「アンソロジー」といいます。選ばれるものは短いものから長いものまであります。今回とりあげるのは古今東西の名著から集められた短い言葉の選集です。最初にとりあげた世阿弥の言葉もこの本に載っているものです。もともとは岩波文庫の別冊シリーズ『ことばの花束』『ことばの贈物』『ことばの饗宴』『愛のことば』として刊行されたものを再編して一冊の本としてまとめたものです。

学校の国語や歴史の時間などに名前は聞くものの、実際に手にとって古典的名著を読もうという人は少なくなってきているようです。名著とされる本にはやはりそれなりのすばらしさがあるのですが、まず読んでみないことにはその価値もわかりません。「原典そのものから喚起力のある章句を切り出して提供したらどうか。わずか数行であってもそれは要約や解説などとは違って、原典の生の魅力を伝えることができるはずだ。」(岩波文庫編集部)上記の四冊のアンソロジーがまずそういう意図に沿って編まれていったのです。解説の類は付いていないのですが、とても印象深い章句がたくさん集められています。蛇足になりますが、こういう感想もあるのだという参考までに簡単なコメントを加えました。現代を生きる我々に省察をうながす言葉をいくつか一緒にみていきましょう。

「僕が考えてみるのに、もし悪魔が存在しないとすれば、つまり人間が創り出したものということになるね。そうすれば人間は自分の姿や心に似せて、悪魔を作ったんだろうじゃないか。」(ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』)…深い真実を突いているだけに、恐い言葉です。日本にも「心の鬼」という表現がありますが、悪魔は人間の似姿だというのです。同じ理屈で天使も人間の似姿なのかもしれませんが、悪魔といわれたほうが真実味を帯びて感じてしまうのはなぜかと考えさせられます。

「世間には、悪い人ではないが、弱いばかりに、自分にも他人にも余計な不幸を招いている人が決して少なくない。」(吉野源三郎『君たちはどう生きるか』)…自他が幸せになるためには精神的な強さが必要になるということです。自分の弱さを克服するというのは、目立たないことですが、各自にとっての大きな試練ですよね。プラトンもあらゆる勝利のなかでも自己に対する勝利が最高のものだと言いました。

「手軽なことだ、災難を身に受けない者が、ひどい目にあってる者らに、あれこれと忠告するのは。」(アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』)…プロメテウスは天上の火を盗んで人類に与えたために、ゼウスから処罰されたギリシャの神です。縛られた状態で半永久的に猛禽類に内蔵をむさぼり食われるのです。これも耳の痛い言葉ではないでしょうか。トラブルの最中あるいは事後に、高みの見物を決め込んだ人間から発せられる言葉は往々にして当事者の心の傷をより深くしてしまうものです。無神経なこの種の言葉が横行するマスコミなどに対する批判精神を失いたくないものです。

「没落してゆく民族がまず最初に失うのは節度である。」(シュティフター『水晶他三編』)…最近の国内外の様子をみても、大丈夫かなと思ってしまいますよね。特に地位も立場もある大人の子どもじみた行動を目にしたり、経済効率ばかりをしゃにむに追求する言葉が飛び交うのを聞いていると情けなくなります。「これは恥ずかしい」と思う気持ちを無くしてはいけないのではないでしょうか。人はパンのみによって生くる者にあらず。しかし、現実には食糧なしには我々は生きてはいけません。けれども、誰にでも食べ物さえ与えていればそれで満足すると考えるのも、人間を見くびった驕りというものでしょう。

「嫉妬に御用心なさいまし。嫉妬は緑色の目をした怪物で、人の心を餌食にしてもてあそびます。」(シェイクスピア『オセロウ』)…人の心を餌にするというところよりも、「緑色の目をした」という表現が妙に生々しくて真に迫っています。用心していても、この怪物は緑色の目を輝かせて我々を翻弄します。別に恋愛にかぎらず、うらやんだり、やきもちを焼いたり、人間にとって、この怪物は最大の難敵ではないでしょうか。特に身近な存在に対してこの怪物は活発化するからやっかいです。優しき勇者オセロウでさえこの怪物には勝てず、無実の最愛の妻ディズディモーナを絞め殺してしまったのでした。

?「音楽について話す時、一番いい話し方は黙っていることだ。」(シューマン『音楽と音楽家』)…芸術を味わうのに余計なおしゃべりは禁物です。鑑賞において、音楽は聴くものであり、絵は見るものです。まずは言葉には表しがたい感動を大切にしなければなりません。よくコンサート会場や展覧会場などであれこれと蘊蓄(うんちく)をかたむけている人がいますが、そのおしゃべりの言葉が真の音楽や絵の姿を隠してしまっているのではないかと反省してみることが必要です。そういうスノビズムと真の批評とは違うのです。最近に亡くなられましたが、このロマン派の巨匠シューマンの本の翻訳者である吉田秀和さんは数少ない本当の芸術批評家でした。

他にも、この本には1340個におよぶ名言が収録されています。文庫サイズの『ことばの花束』と『ことばの贈物』も図書館にあります。大部な古典の名著はどうも…という人も、こういうかたちで古今東西のすばらしい言葉にふれてみてはどうですか。現在を生きる自分の心に響く言葉に出会えるかもわかりません。本を読む時には、そういう言葉との出会いを大切にしたいものです。

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