この1冊:第22回 齋藤孝『こんなに面白かった!「ニッポンの伝統芸能」』(PHP文庫)

 著者の齋藤孝氏はテレビのコメンテーターとしても活躍していますから、知っている人も多いでしょう。もともとは教育学が専門の方ですが、著書は多分野にわたっています。私も何冊か読んでいますが、やはり教育関係の文章がもっとも精彩をはなっていると感じます。今回紹介する本は教育学のものではありません。しかし、芸能習得と教育には共通する部分が大きいためでしょうか、大変勉強になる内容を持っていると感じました。題名は俗っぽいのですが、内容は日本伝統芸能論としてしっかりとしています。

 齋藤氏はものごとを習得するときに、身体性を大切にします。頭だけで知的に理解して済ますのではなく、「からだでおぼえる」ことの必要性を説きます。氏はそれを自身でも幼児や小学生の教育現場で実践しています。名文を目で読んで頭で理解するだけではなく、繰り返し声に出して読み、あるいは書き写して覚えるわけです。それはまた、日本人が「芸事」を身につけてゆく時に長い歴史において実際に行ってきたことでした。我々の国の先人はそういうふうにして静かな自信に満ちたすぐれた文化を生み出してきたのです。

 齋藤氏もこの本のなかで少し触れているし、夏目漱石なども講演文のなかで述べているように、どうも日本人は自分たちの文化を過小に、よその文化を過大に評価する傾向が強すぎるようです。グローバル時代になってたしかに外国語学習の必要性はますます増すばかりでしょう。でも、どこまでいってもそれがネイティブなものでないかぎり、我々は「本場」の人々に追いつき、追い越すことは難しいのではないでしょうか。そこには根がないのに、あたふたと無理をして大きな花を咲かせようと努力する。我々にとって根のある文化とは我々の伝統的な身体性に育まれた文化であるはずです。齋藤氏はその伝統的な身体性のことを「文化的なDNA]と呼んでいます。それを見直し、そのすぐれた点を認識し、生かそうと努めることで、日本人は本当の自信を身につけることができるにちがいない。齋藤氏のテーマもそこにあると考えます。

 紹介されているのは茶道、歌舞伎、能楽、俳句、禅です。君たちには縁遠いものばかりだと感じるかもしれません。時間に余裕のある人が趣味としてたしなむもの、というイメージでしょうか。(古くさくて興味関心を持つに足りないという感じを持っているとしたら、それは誤ったグローバリズムに毒されているためかもしれません。真のグローバリズムは生き生きとしたローカリズムのうえに成り立つものです。)しかし、この本を読んでみれば、これらがそれぞれすばらしいパフォーマンスであることがわかるはずです。いちいち紹介することはしませんが、一貫して主張されているのは

①「守破離」…感性はすぐれたものとの出会いによって磨かれて本物になってゆく
②「型」…真の個性は生来の気質を伝統に基づく教養によって訓練することで開花する
③「暗黙知」…積極的な受動性というべき姿勢によって日本文化の身体性の本質は身につけられてゆく

というようなことです。この本がすぐれているというのは、読んでいるとそれらの芸能などを自分でもしたり、鑑賞したくなってくるところがあるからです。我々の身体性に受けつがれている伝統的な良さを楽しみながら花開かせ、日本の「学び」の本質を習得してゆく。それはこれからの君たちにとっても大いに参考になることでしょう。

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